市指定有形文化財 斎藤家住宅(素麺蔵・米蔵・味噌蔵)

ページID1004017  更新日 2024年11月22日

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写真:素麺蔵 外観
斎藤家住宅(素麺蔵)
写真:米蔵・味噌蔵 外観
斎藤家住宅(米蔵・味噌蔵)
名称
斎藤家住宅(素麺蔵・米蔵・味噌蔵)
よみ
さいとうけじゅうたく(そうめんぐら・こめぐら・みそぐら)
種別
市指定有形文化財 建造物
員数
3棟
所在地
下新河岸46
指定年月日

平成16年3月24日

所有者
個人
文化財の概要

斎藤家は、江戸と川越を結ぶ新河岸川舟運の拠点だった下新河岸に軒を並べていた旧船問屋のひとつで、屋号「伊勢安(いせやす)」として、江戸時代に隆盛を極めていた。当家には3棟の土蔵が残され、かつての船問屋の面影を残している。
1棟目は、間口6間の堂々とした主屋の南側に木戸を挟んで並んでいる味噌蔵である。小屋組の登り梁に「寛政」(寛政年間1789-1801)の墨書があり、江戸期の土蔵と考えられる。入口は、道路側からではなく、木戸を潜り抜けて背後の西側から出入りするようになっており、梁行2間桁行2.5間、切妻造桟瓦葺妻入の土蔵である。屋根は軒先まで塗籠め、置屋根形式となっている。味噌蔵と呼ばれているが、外観の仕上げから推測して、味噌蔵のみの用途ではなく、塩のような重要な物資を収蔵した蔵だった可能性がある。
味噌蔵背後には井戸小屋を挟んで、2棟の土蔵が西側に続く。2棟の蔵は、別棟になっているが、西と南に矩折(かねおれ)で付設された下屋で繋げられている。そして下屋庇の下には、10メートルを越える舟の帆柱や舟を漕ぐ櫓や棹が架けられており、かつて荷物を積んでいた舟の様子がうかがい知れる。2棟の蔵は、手前の大きい蔵が梁行2間桁行4間の米蔵で、奥の蔵が梁行2間桁行3間の素麺蔵である。どちらも切妻造桟瓦葺平入の土蔵で、屋根は置屋根形式を採用している。建築年代は、米蔵が文政年間(1818-30)、素麺蔵が元禄年間(1688-1704)といわれいる。
以上のように、斎藤家の3棟の土蔵は、河岸新河岸川舟運を活用した江戸期川越の流通経済機構を伝えてくれる貴重な建築遺産である。

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