市指定有形文化財 下小坂平野家文書

ページID1003947  更新日 2024年11月22日

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写真:下小坂平野家文書

名称

下小坂平野家文書

よみ
しもおさかひらのけもんじょ
種別
市指定有形文化財 書跡・典籍・古文書
員数
2193点
所在地
三久保町2-9(川越市立中央図書館)
指定年月日

平成元年5月12日

所有者
個人
文化財の概要

平野家は、江戸時代中期より下小坂村の組頭を務めた家柄で、藤兵衛、万吉と続いた。安政6年(1859)より名主役を代行したため、幕末期の村方史料が数多くのこっている。
役用向諸控帳・年貢取立帳・宗門帳・五人組帳等があり、村方の状況がよくわかる。また、慶安元年(1648)の検地帳の写しが9冊揃っている。
年貢割付状は名主から引き継いでおり、明治期まで大部分が現存している。特に寛永13年(1636)の堀田氏時代の割付状や、寛文6年(1666)と延宝3年(1675)の松平(大河内(おおこうち))氏時代の割付状は、この時代の数少ない史料として貴重である。
村内には小畔川(こあぜがわ)が流れ、水鳥が多く生息し、幕府の鷹匠(たかじょう)のほか川越藩の鷹匠もよく訪れ、鷹匠の人馬御用状や鷹匠判鑑木札(はんがんきふだ)がのこる。また小畔川流域では、しばしば深刻な水害が起きており、弘化4年(1847)新川堀割御普請が実施され、鎌取橋付近から越辺川(おっぺがわ)へ新流路が開削された。藩役人指導のもと、近隣村々からの多数の人足による大工事の史料はたいへん興味深い。
明治初期万吉は戸長を務め、明治7年(1874)小畔川に「小坂河岸(おさかがし)」を開設して、舟運業を始めた。そのため船の荷送り状が多数残存している。

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