山王塚古墳 第3次調査

ページID1004085  更新日 2024年11月22日

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写真:山王塚古墳 調査風景1

写真:山王塚古墳 調査風景2

遺跡名
山王塚古墳
よみがな
さんのうづかこふん

調査次

第3次調査

時代

古墳時代

調査地
川越市大塚一丁目・豊田町三丁目
調査面積
90平方メートル
期間

平成28年7月11日から平成28年10月5日

調査要因
史跡内容確認
調査概要

市指定史跡山王塚古墳は市内大東地区、入間川右岸の台地上にある上円下方墳である。上円下方墳は古墳時代終末の7世紀後半から8世紀初めに築造された首長墓で、発掘調査で墳形が確認されたものは全国でも6例しかない。山王塚古墳は下方部一辺63メートル、上円部径47メートル、高さ5メートルでこれらの中でも最大の規模を誇る。
川越市教育委員会では、平成24年度より山王塚古墳の史跡内容確認のための発掘調査を実施している。平成24年度の墳形確認調査、平成27年度の周溝確認調査に続く本年度の第3次調査では周溝補足調査、埋葬施設確認調査のため、山王塚古墳に5本のトレンチ(試掘坑)を入れた。
下方部南側に設けた9・10・13号トレンチでは、下方部を巡る上幅約15メートル、深さ約50センチメートルの周溝が検出された。周溝は南側で途切れ、ロームを掘り残したブリッジ(陸橋)部となる。また、周溝から下方部下にかけて墳丘構築土であるロームの採掘坑が確認された。
下方部北側の11号トレンチでは下方部外縁を巡る土手状の盛土が良好な状態で確認されるとともに、墳丘下に先行する時期の古墳が存在することが明らかとなった。墳丘下の古墳は周溝をロームブロックで丁寧に埋め、その上に山王塚古墳の下方部が築かれていた。
上円部南側の12号トレンチでは横穴式石室前の石敷きの前庭部が検出された。石室入口の羨門の立石は抜かれ、前庭部の側壁も崩されているものと想定されるが、石敷きからは供献された須恵器・平瓶や棺材と思われる鉄釘が出土している。このうち須恵器・平瓶は7世紀後半の猿投窯の製品と考えられる。
これまでの調査で、山王塚古墳は一辺90メートルを越える広大な領域を有し、規模を大きく見せるため周囲に幅広の周溝を巡らし、下方部の外縁に土手状の盛土を築いていることが判明した。また、横穴式石室の前庭部は大きく破壊されているものの出土した須恵器・平瓶の年代観から7世紀後半の築造年代が推定される。

写真:9号トレンチの様子
9号トレンチ(周溝を半分掘り下げた状態)
写真:11号トレンチの様子1
11号トレンチ(手前が先行する古墳の周溝)
写真:12号トレンチの様子1
12号トレンチ(前庭部の石敷き)
写真:11号トレンチの様子2
11号トレンチ(先行する古墳周溝の埋め戻し状況)
写真:12号トレンチの様子2
12号トレンチ(須恵器・平瓶出土状況)

発掘調査見学会

平成28年8月27日に実施しました発掘調査見学会の資料は次のページからダウンロードしてください。

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