山崎家別邸の庭園を一般公開 |
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山崎家別邸庭園の一般公開
土曜日・日曜日と祝日、午前10時〜午後4時
*平成23年12月31 日(土)・平成24年1月1日(祝)は閉園になります。 |
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山崎家別邸は、平成12年に主屋・茶室・腰掛待合が市指定有形文化財となり、平成18年に建物部分が市へ寄贈されました。平成23年2月に国の特別記念物(景勝地)としての認定を受けたことを記念して、山崎家別邸の庭園を一般公開します。 |
山崎家別邸について |
山崎家別邸は、川越の老舗菓子屋「亀屋」の五代目である山崎嘉七氏の隠居所として建てられました。山崎家は、信州高井群下笠原村(現在の長野県中野市)出身の初代嘉七氏が安永元年(1772)ごろに川越に来て上菓子製造業の亀屋清右衛門のもとで修行し、天明3年(1783)に「亀屋」の暖簾を許され創業したと伝わっています。 |
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設計者・保岡勝也 |
| 山崎家別邸の設計は、保岡勝也が行いました。保岡勝也は、東京帝国大学で辰野金吾(日本銀行本店・東京駅を設計)に師事し、建築学を学びました。卒業後、現在の三菱地所に勤めましたが、中小住宅に関心を持ち、三菱地所を退社し、住宅や数寄屋設計者として活躍しました。 大正7年(1918)には、第八十五銀行本店(現在の登録有形文化財である埼玉りそな銀行川越支店)を手がけました。当時、五代目嘉七氏が第八十五銀行の副頭取を務めていたこともあり、保岡勝也の実力を認めた上で自身の別邸設計を依頼したのではないかと考えられます。 |
![]() 庭から見た和室 |
川越の私的迎賓館 |
五代目である山崎嘉七氏の隠居所として建築された別邸ですが、陸軍大演習などで川越付近に訪れた皇族方がご宿泊されることもありました。現在の庭には、昭和4年に川越へ訪れた李王垠(りおうぎん)殿下のお手植えの松が残されています。 |
![]() 蹲踞 |
![]() 枯山水 |
![]() お手植えの松 |
山崎家別邸の特徴 |
山崎家別邸の敷地面積は、約2,300平方メートル、延べ床面積250平方メートルあります。母屋の南側には、広々とした庭園が広がり、庭の東側に有楽如庵の写しと伝わる茶室があります。 |
![]() 茶室 |
![]() 階段部分にあるステンドグラス |
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